「東京・下町自転車」 (プロローグ:東野圭吾「マスカレード・イブ」)

 東野圭吾の推理小説「マスカレード・イブ」を読み終えたばかり。文章は非常に読みやすく、全体の構成は論理的に仕組まれていて、時を忘れて引き込まれます。そこで今回は、その文体を真似てみようと思います。

 東野圭吾は大阪府立大学の電気科卒で、純粋な理科系頭脳。そんな私も電気科を卒業した理科系なので、物事の考え方や視点は同じ筈。ならば自分にも推理小説が書けるのではないかと思ったのが昨日(きのう)の夜でした。

 推理小説は、因数分解みたいなもので、解くより問題を作るほうが簡単な筈。あらかじめ用意しておいた答えを多項式に展開し、適当な所に怪しげなトリックを散りばめておけば、大まかな体裁(ていさい)は整いそうな気がします。冒頭の舞台は2014年12月の「東京銀座」と「門前仲町」。あくまで主眼は下町紹介で、実際に訪ねたお勧めのお店がたくさん出てきます。


プロローグ1:「門前仲町」

 男は亀戸駅前通りで門前仲町行きの都営バスを待っていた。バス停の電光掲示板には、バスが二つ手前のバス停を通過したばかりであることが表示されている。「最近のシステムは便利になった。」と男は思った。

 門前仲町行きのバスがやってきた。男は行列の先頭にいて一番先にバスに乗り込こみ、一日乗車券の購入を告げてICカードを差し出した。運転手は左手でICカードの読み取り機を押さえ、なにやら設定したあと手をどけて、そこのICカードをかざせと言う仕草をとった。この動作は無言のまま行われたが、男にとってはそれで十分だった。

 バスの内部は、帰宅を急ぐ会社員で溢れていたが、幸運にも、バスの最後部に席を確保することができた。小さいころはバス酔いが激しく、バスの最後部に座ることなど考えられなかったことを、男は思い出していた。 砂利道を走る昔のバスは、荒海に浮かぶ小船と同じ揺れ方をして、今乗っているバスとは全く動きが違うことを感じていた。

 バスは、日曹橋交差点で右折し永代通りに入った。近くには江東運転免許試験場があって、毎回2時間の講習を受けさせられている場所である。過去5年間に違反がなければ30分で済むらしいのだが、今年は更新1ケ月もたたない内にスピード違反で御用となっており、次回の更新も気が重い。バスは程なくして終点の門前仲町に到着した。


プロローグ2:「東京銀座」

 同じ頃、由美子は汐留から銀座に向かって歩いていた。先ほどまでオレンジ色に染まっていた町並みも夕暮れとともに色を失っていく様子を感じながら、彼女はコートの襟(えり)をそっと立てた。

 博品堂の前までやって来て、由美子は立ち止まった。その横はバーバーリー銀座店。バーバリーと言えば三陽商会がライセンス契約を結び国内販売を担当してきたものの、その契約も来年で解消することが決まっている。1970年から40年以上に渡って培(つちか)ってきた関係は何であったのだろうかと思えるような発表だった。あまりにも一方的な契約解除に、義理や人情といった人間関係はイギリス人には通用しないらしい。

 アパレル業界でのもう一つの動きはファストファッションの台頭(たいとう)。いま銀座の大通りにはZAEA、H&M、GAP、そしてUNIQLOと云った世界のファストファッションメーカーがずらりと勢揃いした。 これら世界のファストファッションメーカーの繁栄を支えているのは、バングラデシュを筆頭とした東南アジアの安価な労働力。日本でもユニクロがブラック企業の代表として有名になったことがある。 実は由美子も、この業界の人間であった。

 季節はもうすぐクリスマス、銀座の中央通りは街路樹に飾られたおびただしいブルーのLEDがきらめきを増し始めていた。ここはまるで海の中、竜宮城に招(まね)かれた浦島太郎も、きっと同じような光景を見ただろうと由美子は思った。

 青色LEDといえば日本の三人の物理学者がノーベル賞をとったばかり、この人たちの功績がなかったら、この並木道も赤や黄色のLEDで染まっていただろう。 由美子とっては赤でも青でもどちらでも良かったが、いまの気分には青色LEDの光の方がしっくりときた。





(このシリーズは、iPadで楽しめるように設計されています。喫茶店でお茶を飲みながら、ゆるりとした気分でお楽しみください。)
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